亘平のこと

1    病気が見つかった日
2004年5月1日、私はいつものように近所の産婦人科へ定期健診に行った。
先生はエコーの画面を見ながらいつものように胎児の臓器を説明してくださった。
ただ・・・心臓のところで先生は無口になってしまった。
しばらく画面を眺めていたが、もう一人の先生を呼んで「肺動脈と大動脈が平行に見えるんやけど、気のせいやろうか?」と言っていた。
そのもう一人の先生もしばらく胎児の心臓の画面を眺めて「TGAの可能性がありますね。VSDはなさそうですね」と言っていた。
先生から、肺動脈と大動脈が逆についている可能性があること、もしそうでもお腹の中にいる間は問題ないことを説明を受けた。先生の声は震えていた。
2    転院
数日後、産婦人科の先生から11日の9時20分に予約を入れているから年金病院の中原先生のところへ行くように、そして行く前に紹介状を取りに来るようにと電話があった。
8日に紹介状をもらいに行き、11日に年金病院に行った。
年金病院は移転したばかりで、ちょうど外来は10日から診察開始だったという、超ピカピカな状態。
予約時間より40分ほど送れてやっと診察してもらったが、肝心の血管が胎児の背骨の影に隠れて見えないと言われ、翌週出なおすことに。
翌週診てもらったら、おそらく心疾患に間違いないだろうから次回小児循環器の先生にも診てもらうと言われた。
そんな、次回また背骨の陰に隠れてたらどうするんだろう、何で今日診てもらえないんだろうって思った。
3    3度目の正直
待合室で待っていると、中原先生の診察室に小柄な先生が入っていった。
「あの先生が小児循環器の先生やろか?」と夫と話していたら診察室に呼ばれ、「小児循環器の弓削先生にも一緒に見てもらいますので」と言われた。
診察後、弓削先生から胎児の病気について説明があった。
病名は「完全大血管転位症」、肺動脈と大動脈が逆についている病気(奇形)で、そのままでは肺循環と体循環が交じり合わず酸欠になって命を落とすので、点滴で動脈管と卵円孔がふさがらないようにし、生後1週間で心臓カテーテル検査をし、生後2〜3週間で根治手術をするとのこと。
他に合併症がなければ、手術は1回で、心奇形自体はシンプルなので手術は難しくないと言われた。
 
今にして思えば、新生児の小さな心臓の血管、特に冠動脈を付け替える手術が簡単な筈はなく、私たち夫婦が悲観しないように先生が配慮してくださったのだろう。
実際この日を境に、私は落ち着きを取り戻した。
4    出産
23時ごろ、何となくお腹が痛いような気がした。時計を見てると定期的にその痛みがやってくる。陣痛だとすぐにわかったが、まどかのときにほぼ丸1日かかったので、病院に行くのは夜が明けてからでいいかな〜と思った。
日付が変わり、出産後すぐに子供の処置をしてもらわないといけないから、やっぱり早めに病院に行こうと思い直し、夫と母と3人で病院に行った。
まどかのときとは違って、陣痛がどんどん激しくなり、8月14日午前5時17分、亘平は3864gで誕生した。
誕生したとき、全身が紫色・・・そしてNICUへ連れて行かれた。
5    1回目のカテ
翌日、まだ面会時間前なのに夫が血相変えてやってきて「血液中の酸素濃度が下がったから緊急のカテするから、今から手術室に行ってくる」と。その後中原先生に、緊急のカテで心房間に5ミリほどの穴を開けたと聞いた。

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Last updated: 2005/2/9


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